「お金で買えないものだってある!!」というセリフはアニメなんかで良く聞きますが、今の世の中は夏休みの宿題を代わりにやってあげる権利からプロ野球の球場名、キングコングの西野さんがあなたを意識する権利だって売買されてしまう時代です。
「こんな物に値段が付くのかー」というものが増えすぎて、「お金で買えないものだってある!!」は10年前よりも効力が薄れているような気がする今日このごろ。
そんな時代の中にあって何でもお金で解決出来るようにすると社会全体のモラルが下がっていくという説を唱えるのが今回紹介する本の著者、マイケル・サンデル教授です。
目次
概要
〔市場主義の限界〕刑務所の独房を1晩82ドルで格上げ、インドの代理母は6250ドル、製薬会社の人間モルモットは7500ドル。あらゆるものがお金で取引される行き過ぎた市場主義に「ハーバード白熱教室」のサンデル教授が鋭く切りこみ、道徳的・市民的「善」を問う。『これからの「正義」の話をしよう』に続く話題書。
Amazonより引用
高額転売で嫌な気持ちになるのは道徳的じゃないから
ちょっと前に高額転売は市場経済で考えると大正義でしかないという話をしたんですけれどもその結論が腹落ちした人って半分もいなかったと思うんですよね。
「理屈ではそうだけれども、PS5の高額転売がまかり通る社会には住みたくないよね」みたいな。
PS5の5万円という定価の裏には言外に「この値段でゲームを遊んでほしい」というソニーからのメッセージが込められているのですが、転売のためにPS5を購入することはソニーからのメッセージを踏みにじっていることになります。
我々が理屈では転売の正しさを理解できても、転売の正しさを何となく受け入れられないのはこの問題が道徳の領域に踏み込んでいるからです。
市場の原理は便利ですが、「善き社会」を遠ざからせてしまう効果もあるのです。
市場制度に潜む隠れバッドステータス:道徳の腐敗
市場経済には売りに出された物の適正価格を測る機能があることは言うまでもないですが、売りに出された物の品格や内在する道徳性を「腐敗」させてしまうという隠れたデメリットがあるとサンデル教授は著書の中で述べています。
言葉が難しくてよく分かんないと思うので、具体例をいっぱい出していきます。
たとえば格闘ゲームで誰かが代理でランクマッチのポイントを上げる、いわゆる代打ち行為が商品として市場に並んでいたとしましょう。
代打ち行為を商品として買ったとき表面上で行われていることはポイントの売買でしかありませんが、この代打ち行為が浸透してきたとき、ランクマッチに存在する適正な実力をポイントで測るという機能とポイントが高い人間は称えられるべきというポイントに付随する価値・道徳観が腐敗してしまうことは想像に難くありません。
罰金は道徳性を腐敗させる
イスラエルの保育所では子供の迎えが遅い親の存在が問題になっていたと言います。親が迎えに来るまで先生はずっと保育所で待機しなければいけません。
そこで経済学者の勧めで迎えが遅くなった際には罰金を請求する制度を導入しました。
その結果、予想に反して親が迎えに遅れるケースが増えたそうです。
道徳に値付けをしたことで保育士に負担をかけることが後ろめたいことではなく金で解決出来るサービスにまで腐敗した例だとサンデル教授は分析します。
金銭的報酬はそこに含まれる「意味」を低レベルにする
アメリカのある学校では生徒が本を一冊読むたびに二ドルを与えています。
現金を受け取るには本を読んだことを証明するためにコンピューターを使った試験を受ける必要があります。これは一部の生徒の読解力スコアの向上に一役買いました。
一見、生徒側にも学校側にも有益な制度に思えます。
しかしこれはお金をもらえなければ読書を行わない子供を生み出すだけの行為になるかもしれません。
読書という文化を堕落させかねないこの制度は推奨されるべきでしょうか。
人の生命を投資対象にする社会
アメリカでは生命保険は財産の一部なので自由に売買しても良いことになっています。これをバイアティカルと呼ぶそうです。
たとえば、ガンで余命の短い人が10万ドルの死亡保険に入っているとしましょう。
アメリカでは月々の保険料を支払うのであればこれを5万ドルで買い取っても良いとされています。
買い取られた側は残りの余命を豊かにするための資金を手に入れます。お金を出した投資家は保険料を支払う義務ごと保険の権利を手に入れているので元々の被保険者が早く死ぬと得をすることになります。
両者納得の上で取引をして行っているのでwin-winの関係に見えます。
しかしながらこの取引は生命保険が持つ本来の意味(金銭的な補償を残された家族に行うことで家族への愛情を表現している)を腐敗させるものであり、また、この制度の下だと投資家は自分の利益のために元々の被保険者の死を願い続けることになります。
そのような規範の社会に住みたいかどうか、我々は議論する必要があります。
どれも明確な答えはなく、この本でのサンデル教授は問題を考えるために必要な「正義」というフレームワークを与えるだけです。
道徳性の欠如している人間をヤフコメやツイッターで正論の名の元に攻撃するブームはこれからも続きそうなので、ここらで「正義」の勉強をしておくのも悪くないように思います。
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