タイプムーン作品の主役は、人ではなく世界観だと思うのです。
その世界観を色濃く感じることが出来るこの作品は、奈須きのこが書いていないものの、紛うことなきタイプムーン作品だと言えるでしょう。
あらすじ
「……ある意味で、現代の魔術師とは、天使を蒐集する職業だといってもいい」
『時計塔』。
それは魔術世界の中心。
貴い神秘を蔵する魔術協会の総本山。
この『時計塔』において現代魔術科の君主(ロード)であるエルメロイII世は、とある事情から剥離城アドラでの遺産相続に巻き込まれる。
城中に鏤められた数多の天使、そして招待者たちそれぞれに与えられた〈天使名〉の謎を解いた者だけが、剥離城アドラの『遺産』を引き継げるというのだ。
だが、それはけして単なる謎解きではなく、『時計塔』に所属する高位の魔術師たちにとってすら、あまりにも幻想的で悲愴な事件のはじまりであった──。魔術と神秘、幻想と謎が交錯する『ロード・エルメロイII世の事件簿』、いざ開幕。
Amazonより引用
タイプムーン版シャーロックホームズ
「シャーロックホームズ」シリーズが面白いのは、ミステリーとして謎が論理的に解かれているからじゃないのですよ。
「ああ……!!そこはそんな風に理屈が通っているのか……!!」というカチッと歯車が噛み合う感覚が気持ちいいのです。
理屈さえ通っているように“見えれば”、それが論理的でなくても構わないわけで。
ロード・エルメロイII世の事件簿はシャーロックホームズの面白さを分解して、それをタイプムーンの世界観に合わせて再構成したものだと感じました。
タイトルもシャーロック・ホームズの事件簿のパロディだし、後書きで「広義のミステリー」と書いているのもホームズ風のこの話が本格ミステリーではないことを受けてのことだと思います。
世界観が明らかになる快感を追う物語
タイプムーンの世界観を作り上げた奈須きのこは、若い頃、ミステリーに耽溺していたと聞きます。
その影響からだと思うのですが、世界観の骨子となる魔術・怪奇のメカニズムはもちろんのこと、登場人物の行動原理、細かな所作や考え方の癖までもが全て論理的に構築されているんですよね。
そんな理屈立てて構築された世界観で、シャーロックホームズのパロディをやるのはなかなか相性が良いと思いました。
この作品のクライマックスで、探偵役たるロード・エルメロイII世は「魔術師には〇〇という習性がある!」という読者の知りえない情報で事件の真相に到達します。
本格ミステリー小説としてはアンフェアも良いところです。
しかしタイプムーン作品なら、こんなミステリーでも許してしまえる――むしろ、もっとやってくれ!!とまで思ってしまうんですよねえ。
読者側に開示されていない情報で謎解きをされたところで、世界観が強固すぎて何故か納得してしまう。いや、むしろ、そうやって我々の知らない情報が開示されることで、タイプムーン作品で共有されている世界観の謎が明かされていく気がして、とても気持ちがいい!!
もちろん、そんな奈須イズムを奈須きのこでもないのに引き継いでいる三田誠スゲェという話でもありますが。
個人的にはタイプムーン入門に推したい
作品としてはFate/stay night、Fate/Zeroの流れを組むものとなっています。
そうは言っても、そこまでガッツリと前提知識を必要とするわけでもありません。
むしろFate本編は真面目に追うと時間を取られるので、入門書として本作から入っても良いぐらいでしょう。
敢えて言うなら、ライトノベルっぽい雰囲気を出しておきながら、挿絵が皆無なのがちょっと取っつきにくいポイントかもしれません。
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