アニメの華々しい話題はよく聞きますが、アニメ業界そのものの話題といえばアニメーターの低賃金問題ばかり。年々その問題が深刻化しているみたいで、何だか先行きの暗い業界にしか思えないのが正直なところ。
そんなアニメーション業界を舞台にした小説を辻村深月が描いたというんだから、さぞかしドロドロとしたヤバいものが出来上がったんだと思っていたのですが、意外と業界に希望の持てる内容で良かったです。
概要
伝説の天才アニメ監督王子千晴が、9年ぶりに挑む『運命戦線リデルライト』。プロデューサー有科香屋子が渾身の願いを込めて口説いた作品だ。同じクールには、期待の新人監督・斎藤瞳と人気プロデューサー行城理が組む『サウンドバック 奏の石』もオンエアされる。ネットで話題のアニメーター、舞台探訪で観光の活性化を期待する公務員…。誰かの熱意が、各人の思惑が、次から次へと謎を呼び、新たな事件を起こす!anan連載小説、待望の書籍化。
Amazonより引用
辻村深月っぽさはやや抑え目
すっかりアニメーション業界に悪いイメージしか無かったので、可愛くてスタイリッシュな表紙は読者の心をどん底にまで突き落とす罠だと疑っていたのですが別にそんなことは無かったです。
ananに連載していた小説ということで普段本を読まない人を対象にしたからだと思うんですけれども、他の辻村作品と比べてライトノベルみたいな(よく言えば分かりやすい、悪く言えばテンプレ的な)キャラが多かったです。
僕の中で辻村深月といえば繊細な心理描写や伏線の巧妙さが持ち味の作家なんですけれども、その部分も意図的に抑えてあるように見えました。それでも読者を泣かせるのは相変わらず上手くて、僕はこの本を読みながら大小合わせて4回は泣いています。
お金儲けが好きな悪い大人の存在だけじゃ回らない世界
タイトルにもなっている「ハケンアニメ」は低賃金で派遣社員同様の給与のアニメーターが作っているアニメ……ではなく、その時期で一番面白い「覇権」と呼ばれるアニメのこと。
小説の中では制作側の視点でハケンアニメの地位に至ろうとする様々な人が出てきます。
この小説を読んでから特に印象が変わったのが3章で取り上げられるアニメを利用した町おこしイベント。
正直、アニメを使った町おこしってお金儲けが好きな悪い大人の顔が浮かんで好きじゃなかったんですけれども、よく考えたら「お金儲けが好き」だけじゃ出来ないような凄い熱量が必要なイベントなんですよね。
少なくとも町の予算を使って、人員を割いて、ってやってるんだから絶対にエネルギーが無いと出来ないイベントで、今度から町おこしのアニメイベントはもう少し温かい目で見るようにします。
アニメという文化への愛を描いた小説
今でこそ「アニメ=文化」みたいになってるんですけれども、僕が中学生の頃は「アニメが好き=クラスのカースト最底辺」みたいなひどい方程式が出来上がっていたもんです。
そんな文化圏の中でアニメが好きだと言えるはずが無く、その経験を引きずっているのか今でも自分がアニメ好きであることに何か後ろめたさを感じるんですよね。今思うとアニメは確実に自分の人格形成に影響を与えていて、「好き」って言葉じゃ収まらない、もっと大きな存在なんですよ。
僕が泣いたのは、この小説からほとばしるアニメという文化に対する愛にやられたからだろうなあと思いました。
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同じ辻村深月の小説。こっちはドラえもんをモチーフにした作品。クライマックスはもうボロボロ泣きました。
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